2007年09月16日

z.midPic117.JPG免許を取ったのは35歳で、場所はアメリカでの最初の駐在先ロスアンゼルス。それまで日本では某自動車会社の中に駐在していて、その会社の、特に決算月には駆け込みの輸出もあり午前2時、3時あるいは4時まで仕事、帰りはタクシーというような睡眠不足な日が多く(勿論タクシー代は会社持ち)家での余裕時間は専ら睡眠だった。従って車の免許を取る暇も、時間もなく、また車の運転免許の必要性も感じなかった。思えば当時はベトナム特需の時代でも有り皆んなが生活をエンジョイするというよりまず仕事という時代でもあった。アメリカで驚いたのは免許を取るのも、いきなり路上運転、しかもかなり早い時点から高速道路(フリーウェイ)を走らされたことである。しかも自分の車で運転を教わるのである。当時自家用車は所有していなかったので確か6000cc位はある会社のステーションワゴンでフリーウエイを走ってハリウッドやチャイニーズシアターあたりまで運転させられた。車の運転が始めての自分にとってはまさに命がけ、喉がカラカラ、手は汗でびっしょりといった経験がある。ロスに半年滞在した後シカゴ支店に赴任。当時 某自動車メーカーがアメリカにて車の生産を始めるということで会社としてもシカゴ支店設立間もないころであった。アメリカでの最初の車は6000cc位のシボレーステーションワゴン、自分用にはビュイックリーガル、妻にはビュイックセンチュリーであった。帰国後はトヨタコロナ、本田プレリュード三菱デイアマンテ、
日産シーマと乗り継いで、そして現在の ウインダム2500( アメリカでは レクサスES300 という名前で販売されていた )である。エコが叫ばれている現在はコンパクトカーやハイブリッド車の 評判がよろしいようで大変結構なことである。

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posted by diamondhead at 06:14 | 埼玉 霧 | Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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Excerpt: ビュイック センチュリー の関係映像(BUICK CENTURY )
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